結火・むすび / Vol.02

月の姿を目にするのは、夜だけではありません。

「結火」二通目のお便りをお送りする本日は「上弦の月」、昼間にも見られる半月です。この月は太陽のごく近くをまわっていることから光が弱く、人の目には見えにくいのですが、よく目をこらしてみてください、きっとその淡い光を見つけられるはずです。

5/21から6/5の小満の期間には、紅花が開花します。紅花は紅絹といって、着物の下地や袴の裏地、バッグや人形の生地といった具合に衣服を中心に、絹に染めて生活のところどころで使われたものでした。日常でよく使われていたこの紅花は、今ではとても高価になり、すっかり手に入りにくいものとなってしまいました。本日は、この「紅」を使った着物のよそおいにまつわる小話をお届けします。

くるり表参道店
アンティーク着物屋さん。デザイナーさんが大正時代にあったようなモダンな柄を参考に、古い着物地を染め直して作った着物が多く、例えば、パステルピンクの雲が全面に描かれた小紋や、紺の麻地に白い牡丹の花を点描で描いた夏着物など、なかなかそこらでは見られない着物を取り揃えています。最近は「くるり」オリジナルブランドも種類が豊富になり、ちょっとのぞきに行くだけでも楽しいお店です。
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先日、表参道にある古着物屋さんにお邪魔したときのことです。畳に座ってしばらく棚を眺めていると、店員さんが「そろそろ暑くなってきたから」と言って、奥から浴衣をいくつか出してきてくれました。「五月、六月は浴衣を買うにはちょっと早いような気もするけれど、少し暑くなってきたなあ、というくらいにその時咲いている花柄の浴衣を買い揃えておく。というのは、ちょっと贅沢で日本的な遊びという感じでいいですよね。」とのこと。

なるほど、わたしが手に取っていたのは、オフホワイトの地に、菖蒲(あやめ)と、卵色の満月が浮かんだ浴衣でした。菖蒲は五月の花です。紫色をした大輪の花と足下に生えた力強いショウブの葉は、最近、わたしの家の近くの川でよく見かけます。知らないうちに季節のうつろひを身体が感じ取り、それにつられて手に取ったのがこの浴衣だった、というわけです。

結び文
平安の昔、直接言えないことを書いて落とし、さりげなく伝えた文のこと。時鳥(ほととぎす)が山から運ぶ便りとされ、初夏の季語となっています。

「その菖蒲の浴衣は、地が白でちょっと地味だから」と言いながら、店員さんが出してきてくれたのは、小さな金魚が、薄紫色の波の上を泳いでいる帯でした。金魚は、紅花の紅色。「純粋な紅で染まった布は高くて手に入りにくいものですが、こうして同じような紅色をさりげなく取り入れると、地味な着物が映えていいですよ。」と店員さん。

紅色、金魚というと花魁(おいらん)のイメージにつながります。京都の遊郭で客寄せをする花魁が身につける着物の首元からは、中に着た鮮やかな紅色の長襦袢がのぞいて見え、そのしなる姿が、ゆらゆらとして金魚のようだったことから、金魚や紅色は花魁の象徴といわれるようになりました。

とはいえ、紅色は本来、花魁に限らず多くの女の人が日常的に取り入れた色でした。着物の袖からほんの少し、紅色をのぞかせれば、闇の中でも美しく冴えわたることや、紅色は身体をあたためる効果があることから、冷えやすい女の人の身体によいとされ、普段着のワンポイントに使われた色でした。

大切なのは、この紅色を表ではなく裏からのぞかせるということ。ほんとうに美しいものは、「表よりも裏から魅せる」ということは日本人の感性の根底にあるものだと思います。手紙にも、直接いえないことは書いて道ばたに落とし、さりげなく伝えた「結び文」が平安の昔にはありました。白黒つかなくあいまいなもの、まわりくどい気持ちの伝え方、それを美とする日本では、紅色は全面に押し出すよりも、さりげなくポイント、ポイントで使った方がよりその美しさを鮮やかに描き出すと捉えられていたのでしょう。


洋服では紅は表に出ることが多く、わたしもそうですが、寒い冬など真っ赤なセーターやコートを羽織ったりします。でも、着物で同じような着こなしをしてしまうと、とたんに下品な様子が漂います。季節はすっかり夏なので、最初は浴衣で取り入れてみるならば、例えば、金魚の帯留めや紅色の帯紐を使うと可愛らしくなります。大人っぽくするなら、長襦袢や裾よけに紅色を使う、といったところでしょうか。

キャンドルナイトの頃は今よりもさらに暑くなっていますから、着るものは浴衣にはおりもの程度で夜を過ごしてみるのも良いかもしれません。

夏の夜の闇の中、点々と浮かび上がる紅色は、空中をゆったりと泳ぎまわる金魚のよう。恋人同士のキャンドルナイトはよりいっそう、雰囲気のよいものになるでしょう。家族で過ごすキャンドルナイトなら、お子さんの着物に金魚帯を巻いてあげてみてください。ろうそくの灯りをともせば、あたたかい自然の光と、紅色が爽やかな夏の空気をゆったりと包んでくれます。

初夏のこの時期、着物屋さんに足を運んで、ほんの少し、夏のよそおいを暮らしの中に取り入れてみてはいかがでしょうか。

次回は満月のころにお届けします。

むすび書き:香音(かのん)



暦の待ち受け画面ダウンロード
http://www.hijiri.jp/m/0524.jpg(51KB)

今回の暦「上弦の月」について
弦を上にして沈む姿から「上弦の月」という名がつきました。太陽に向いた半分が照らされているので、地球から空を仰ぐと、右半分だけ月が姿を見せていますね。昼頃に登り、日没の頃に天高く、真夜中に沈むことから、「真昼の月」とも呼ばれています。

「結火」では毎回、メールマガジンの配信と連動して配信された日の暦のケータイ用待ち受け画面をお送りします。その季節を代表する写真の上に、その日の旧暦での日付(2007年5月24日は、旧暦では4月8日になります)

そして、その日の月齢(2007年5月24日は、月齢7.7、つまり上弦の月ですね)が表されています。

ひじりのこよみ:
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