結火・むすび / Vol.09

「結火」9通目をお送りする今夜は、暦の上では端午の節句。男の子の健やかな成長を祝い、祈る風習の日です。今では鯉のぼりが一般的ですが、邪気を払い健康を祈願するため、その効果があるとされた菖蒲(しょうぶ)で作った酒を飲んだり、菖蒲湯をする習慣もありました。

この菖蒲、とても良く似た花に杜若(かきつばた)という花があります。「いずれ菖蒲か杜若」ということわざができるほど、菖蒲にそっくりの杜若は、菖蒲が枯れるとともに、最近水辺でよく見るようになりました。

ところで、「キャンドルナイト」と名前がついたイベントは、日本のあちこちで行われています。たくさんの人が自分たちのキャンドルナイトを自由に作っていってほしい、そういう想いからわたしたちが呼びかけるキャンドルナイトに『100万人のキャンドルナイト』という名前をつけて、『でんきを消して、スローな夜を』というコピーを作った人がいます。マエキタミヤコさん。広告代理店でコピーライターの仕事を生業とし、元気な男の子と女の子の2子の母でもあるマエキタさんは、言葉の力を信じて、地球のことを深く想い、活動をしています。

今夜は、マエキタミヤコさんの言葉の話をお送りします。




マエキタミヤコ まえきたみやこ
コピーライター/100万人のキャンドルナイト呼びかけ人代表

1963年、東京都生まれ。コピーライター、クリエイティブディレクターとして、1997年より、NGOの広告に取り組み、2002年にクリエイティブエージェンシー「サステナ」を設立。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表、「ほっとけない世界のまずしさ」キャンペーン実行委員、エコ女性誌「エココロ」編集主幹。

「結火」3通目でお送りした「大地を守る会」の藤田和芳さんが「キャンドルプロジェクト」を行い、「ナマケモノ倶楽部」の辻信一さんが「暗闇カフェ」を行って、もっと広めていきたいと思っていた2002年の終わり、このゆるやかなムーブメントの名付け親になったのが、マエキタミヤコさんでした。

「藤田さんと辻さんに呼ばれて話し合いを始めたときには、既に2人の間でたくさん素敵な言葉があったし、彼らの中に構想がありました。わたしがした作業は、それを聞き出して、固い言葉を優しく誰にでも分かるように変換し、まとめた筆記係のようなもの。だいたい何人くらいやりそうですかって聞いたら、70万人くらいって言うから、え~そんなに!っていいながらも、キリがいいように100万人の、とつけてみました。コピーは、電気を消すってことなので、消したらどうなりますか、と聞くと、辻さんがスローだなぁ、、、と言っているので、スローな夜を、とペンで書いてみました。そのときのことはよく覚えてます、すごく短時間で2人の想いを形にできた瞬間でした。」

実際は100万人をゆうに超え、もっと多くの人が参加してくれた、2003年。

「500万人以上の延べ人数がでたとき、じゃあ次にキリがいい数字で、1000万人にしますかって声も出たけど、すぐにたち消えました。数字そのものが問題ではないし、大勢が参加したらそれでいいというわけでもない。100万人なら100万人で、それぞれが言葉にする時、その部分を取って、好きな言葉を付け足してキャンドルナイトしようって言ってもらえるように、可能性を残した枠の作り方を大切にしたいと思ったんです。」

100万人のキャンドルナイトのことを、夏至や冬至の日だけに行うエコイベントだと思っている方はとても多いのですが、実は違います。夏至や冬至は人間の都合に関係なく、自然の流れでできた世界共通の日なので、この2日間にいっせいにでんきを消しましょう、と呼びかけてはいます。ですが本当は、日常の中でごく自然に電気を消して、キャンドルの光のそばで過ごす時間が少しずつ増え、暮らしそのものが変わっていってほしい、そういう想いを伝える文化活動なんですよね。


「その想いは伝わっていってると思います。今では札幌とか大阪とか、カフェや学校の名前がつくキャンドルナイトはたくさんあります。色々なものに形を変えていく一方で、わたしたちは100万人の、と言い続けるのは、藤田さんや辻さんを始めとして、仲間たちの気持ちを束ねてとどめておけるくらいの、いい加減の力をがこもった言葉だから。」

この言葉を何度も口ずさみながら、5年間を通してみんなの間で徐々に洗練されてきて、キャンドルナイトも新たな段階を迎えています。今年は韓国と一緒にカウントダウン消灯をテレビで中継する企画があったりと、海外展開に動きを見せていますね。

「 ある意味、キャンドルナイトというのは、メディアだと思うんです。わたしは海外展開するのなら、発展途上国の人たちに、自分たちのあやまりを繰り返さないで!というメッセージをこのメディアを通して伝えて行きたいと思ってる。」

ただ、発展途上の国々では、電気がないことが当たり前で、わざわざキャンドルを灯さないでも生活する術を知っている人たちはたくさんいますよね。

「そう、キャンドルを灯すってうのは、すごく贅沢なことです。日本は本当に豊かだから、キャンドルをたくさん灯して、多くのイベントができます。発展途上国にそういうメッセージを伝えていくときは、キャンドルは持ち出さないでもいい。あくまで象徴に過ぎません。同じ暗闇の夜、キャンドルを灯した日本と、例えばスリランカなどキャンドルを灯さない国で、インターネットを通して、環境の話をするとかね。最近どうですかー、いやいや今まで取れたジャガイモが今年は採れなくなってね、あららそうなんですか知らなかった、という気づきがお互いに生まれたりしたら、いいですよね。」

これほど便利な国に住んでいると、システムによって上手にオブラートに包まれてしまい、起きている現状を目にすることは少なくなります。わたしたちが暮らしの中で汚している空気や水で、直接的な被害をこうむっているのは、実は発展途上国の人々。彼らが今まで普通に取れていた作物や、困らなかった水分、大切にしてきた豊かな緑、そういったものが徐々に失われている原因がどこにあるのかは、「誰も知らない」まま放置されているのが現状です。

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