結火・むすび / Vol.11

今晩は、三日月。三日月は、新月の日から三日経った日の月だから、三日月と呼ばれます。
6月を半ば過ぎても晴天が続いていて、今日も晴れ渡る空に早くから白い三日月が浮かんでみえました。

ここ数年は、「梅雨入り宣言」というより「梅雨入りしたと思われる」と発表されることが多く、地球のリズムが崩れていることはこんなときも感じます。うっとうしい梅雨も、その雨は秋の豊作や紅葉を迎え入れるための命の水となり、日本各所の美しい湖や川を満たす循環の水となるのです。真夏の入道雲も、梅雨の時期の長い雨がようやく晴れたときにこそ、美しく目に映るもの。

今年は梅雨が薄いらしい、猛暑が秋まで続くらしい、気象庁ですらも「らしい」としか説明できない気候が何年も続いていますが、これが当たり前と思うようにはなりたくないですね。

「結火」3通目でお送りした藤田さんは、年々天候が崩れていく中、農家の人々によって育まれるおいしい作物をわたしたちに送り届ける「大地を守る会」をつくった方ですが、この藤田さんと共に「100万人のキャンドルナイト」を最初に呼びかけ始めたのが、辻信一さんという方です。5年目になる今となっては、すっかり大きくなったこの灯りの輪の裏には、みんなの中にある小さな種を、自らの声でたきつけ、それぞれの火種を繋いできた辻さんの想いがあります。「結火」11通目の本日は、辻さんの小さく、ゆっくり流れる物語をお届けします。




辻信一 つじしんいち
文化人類学者/環境運動家/明治学院大学国際学部教授/100万人のキャンドルナイト呼びかけ人代表

1955年、福岡生まれ。NGOナマケモノ倶楽部の世話人を務める他、数々のNGOやNPOに参加しながら、「スロ-」や「GNH」というコンセプトを軸に環境文化運動を進める。環境文化NGO・ナマケモノ倶楽部を母体として生まれた(有)スロ-、(有)カフェスロ-スローウォーターカフェ(有)(有)ゆっくり堂などのビジネスにも取り組む。







スロー・イズ・ビューティフル 平凡社
amazone

時はさかのぼり、2001年。アメリカではブッシュが大統領となり、経済成長のためには京都議定書を離脱し、1週間に2基ずつのペースで発電所を建設するというエネルギー政策を発表しました。これに抗議の姿勢を示すためにカナダで「自主停電(ボランタリー・ブラックアウト)運動」が起こりました。藤田さん同様、かつては性急な学生運動家だった辻さんにとって、カナダでの動きは新鮮なものに映りました。

「ちょうどその頃、シューマッハーが書いた『スモール・イズ・ビューティフル』という本にならい、『スロー・イズ・ビューティフル』という本を書いたんです。これまでの社会では、1人1人の小さな力を過小評価しすぎました。政府や企業にただ反対を叫ぶよりも、まず自分が身の回りでできる小さなことを1つ1つやる中で、暮らしを変えていく。ぼくはそれを著書の中で、スローライフと呼びました。そういう意味で、カナダでは、とりあえず我が家の電気を消すところから始めよう、ってところがおもしろかったです。」

やろう、と思ったらすぐに声に出して呼びかけていくパワーに溢れている辻さん。世話人を務めている、NGO「ナマケモノ倶楽部」のメンバーを中心に、仲間たちと始めた「カフェスロー」で「暗闇カフェ」というイベントを始めました。でも、ほんとに真っ暗ではカフェにならないし、子どもたちが怖がってしまいます。そこで、辻さんはキャンドルを使ってみようと思いついたのだそうです。

「ほら、誕生日パーティで真暗にしてキャンドルを灯すでしょ。あれって、ほんとにワクワクするよね。子どもたちはろうそくの火をじっと見つめる。僕たち大人はそれを見て懐かしい気持ちになるし、子どもたちの目に火が映っているのが、またたまらなく美しいんです。」

暗闇のなか輪になって、火を見つめるというのは、誕生日会といい、キャンプファイヤーといい、何かと幼い頃の懐かしい気持ちにつながりますね。


カナダの自主停電運動
100万人のキャンドルナイトの前身となるイベントがありました。
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D.H.ロレンス
イギリスの詩人・小説家・思想家。苦学してノッティンガム大学で免状を得て教師となったが、在学中に小説『白孔雀』を出版して、文筆生活に入った。ローレンスは、性の意義を重視し、大胆露骨にその問題を扱ったが、他面、真摯な文明批評家で一種の予言者のような熱情をもっていたため、誤解される点も多かった。作品中、『チャタレイ夫人の恋人』は特に激しい論議の的となり、日本では翻訳の出版も裁判沙汰となった。
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「僕はよく学生たちを海外に連れて行く機会があるんだけど、彼らが喜ぶのは、どんな珍しいものよりも、焚き火です。カナダの原生林の中で1日を過ごした日の夜、海岸で焚き火をしたときのことは忘れられません。みんな、ふだんは言えない大胆な告白をしたりして、気持ちよさそうに笑ったり、泣いたりする。ある男子学生は、生まれてからその日まで地べたに座ったことがなかった、と告白してくれました。やっぱり人間が何千年、何万年とやってきたように、焚き火を囲んで輪になるってすごいことなんだと思う。ガイドをしてくれていたインディアンの友人たちも感動していた。ぼくも、世界が変わるっていうのは、こういうことなんだなって実感したよ。」

辻さんが言っていることは、100万人のキャンドルナイトにも通ずること。みんながいきなりエコに目覚めることを目ざすよりも、1人1人の中にゆっくりと時が流れ、小さな気づきが起こることをこそ、大切にしたいものです。
「自己満足って言葉はどうしてもネガティブな響きがしますよね。でも、自分さえ満足させられないで、いったい誰が満足させられるっていうんだろう?」

イギリスの思想家のD.H.ロレンスは、『人間は他人に対して不実である。なぜなら、人間は自分自身に対して誠実にならなければならないのだから。』という言葉を遺しました。これは必ずしもあきらめの言葉ではなく、まずは自分に対して誠実になってこそ、他人をあたたかく思いやれる可能性をもった言葉だと、わたしは思います。

「暗闇カフェの最初の頃、盲目のヴァイオリニストに弾いてもらったことがありました。はじめは何も考えてなかったんだけど、彼が、自分にとって暗闇とは何か、ということを話し始めて、ぼくはそれこそ初めて暗闇の中に放り込まれたみたいに動揺しました。何も当たり前じゃないんだって思った。風が今、吹いていることも当たり前じゃないし。そういう小さな気づきがたくさんあるんです。」

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